FAZER LOGIN主人公の聖菜(せな)は、高校の頃からアルコール中毒の父を養っている苦労人。現在は、村岡貿易がやっていた五年働けば奨学金は返さなくてもいい企業奨学金制度を利用して大学に行っていたので現在も村岡貿易の総務部管理課にて広報業務を担当している。そして、同期で同じ総務課の船舶管理課・課長の沼瀬(ぬませ)と付き合っていたのだが……。
Ver mais「……あの、本部長。どうしてこんな毎日いらっしゃるんですか?」 「ん? 君に会いたいからかな?」 そう言う本部長はわんこみたいな人懐っこい笑顔を見せながらこちらを見ている。なぜこのような状況になっているかというと……それは数日前に遡る。 『――パートナーになって欲しい』 本部長に言われた日、私は一度お断りした。だけど、それから毎日懇願され続けて上司からのお願いだからと、……いや、捨てられた子犬のようなウルウルした目で見つめられたら了承するしかなかった。 まだ、パーティーまでは日にちがあるけれど私の気持ちが変わらないようにとほぼ毎日会いに来ている。 「今日はどのような用事ですか? パーティーには一緒に出ます。逃げませんが」 「うん。それは分かってる。俺が来たいだけだ。それに、一緒に過ごして仲良くならないと恋人には見えないでしょう?」 「こ、恋人?」 「あれ、言わなかったっけ? パーティーはパートナーすなわち恋人や家族同伴のもと参加してねって条件があるんだ。俺はその主役で適齢期、パートナーがいないと周りがうるさくて……って、話してなかったかな?」 いやいやいやいや!聞いてませんけど!? 「……聞いてませんけど」 「ごめんなさい、言うの緊張して大事な部分言ってなかったみたいだ。俺は、結婚はせず仕事を頑張りたい。だから、俺の都合で申し訳ないんだけど仮初の恋人として一日いて欲しい。パーティーが終わったら、手当もたっぷり出すから」 「仮初の恋人……ていうか! 手当ってどういうことですか?」 「特別手当だよ、それと俺にできることならなんでもするよ。どう?」 どう?じゃないでしょう…… 簡単に言ったな、この人。 「一日だったとしても恋人は……一社員ですし、それに翠香社長はよく思わないのでは?」 「いえ。実は、これは父には言ってあるんです。それに父は木ノ下さんのことをとても評価していますよ。今はカフェで頑張ってもらってますが、英語や中国語、韓国語にフランス語を話せるのは貴重だしビジネス英語が話せることもあって秘書にしたいと言ってましたよ」 「それは、前の仕事で必要だったんです。だからそんな凄くはないのですが……秘書なんて荷が重いです」 「ゆるーくそばにいてくれれば、って言う意味だと思うよ。それに、会社自体は大きくないからね。畏ま
「いらっしゃいませ」 ここは、愛知県内に展開している【|翠香《すいこう》園】グループが経営している抹茶を使用したカフェの一つだ。私はこちらに来てすぐ、翠香園グループに就職した。貿易会社にいたから英語が使えることで国際営業部に採用されて一年働き、その後現場に配属になり三年店員となり現在は外国の方をターゲットにしたカフェで店長をしている。 今まで飲食店で働いたことがなかった私は毎日が新鮮で楽しかった。でも、彼のことは今でも忘れられなくて引きずってしまっている。だけど、もう違う世界の人だ。 「店長、もう上がってください。あとは俺がやっておくんで」 「ありがとう、安藤くん。じゃあ、よろしくね」 安藤くんは、私と同じ社員さんで四年目だ。年齢は三つ下だけど、とても頼りになるし副店長でもある。 「そういえば、明日本部長が来るらしいですよ。なんだか最近多いですよねー」 「そうなの?」 「はい。きっと木ノ下さん目当てですね〜」 「そんなわけないでしょ。それに一度仕事を案内してあげただけなのに」 そう言うと「そうかなぁ」と安藤くんは不満そうに呟いておしぼりの準備を始めた。その様子を見ながら私はお疲れ様と言ってバックヤードへと向かい休憩室に向かった。休憩室にあるテレビをつけると、さっきまで思い浮かべた人が写っていた。 《村岡貿易社長交代へ 新社長は村岡桜志氏》 テレビに映っていたのは私が四年前に一方的に別れた彼だ。あの時は彼が村岡貿易の社長令息だったなんて思わなかったし、そんな話は聞いたことなかった。もし、あの時別れなくても結果別れる運命だったのかもしれないんだから……今思えばよかったのかもしれない。 そんなことを思いながら更衣室で着替えて帰る準備をしていると裏口からインターホンが鳴ってモニターを覗く。 『こんにちわー』 そこにはさっき話題に上がった人、この翠香園グループの本部長が立っていて鍵を開けた。 「あ、こんにちわ。木ノ下さん」 「はい、こんにちわ。本部長……どうぞ中に」 「ありがとうございます」 礼儀正しくお辞儀をした彼は翠香|碧巴《あおば》さんといって、苗字の通り翠香園グループの御曹司だ。御曹司といっても現社長の子供は五人いて一番末っ子だから自由らしい、本人曰く。それに本部長をしている。仕事内容はよく知らないが、ちゃんと
『――桜志くん、私と別れてください』 『好きじゃない』 さっきまで幸せだった空間は、現在真っ暗闇のどん底だ。本当なら、今頃求婚していたはずだった。聞いてももらえなかった。 追いかけなきゃと思うのに、現実味がなくて頭が追いついていかない。去ってしまった彼女を俺は追いかけることが出来なかった。 ハッとした時には、もう彼女の姿はなくて店から出ていってしまっていて見えない。追いかけなくては……と思い立ち上がったが、先ほど言われた“キライ”の言葉に足が動かず手を拳にして強く握る。 すると、後ろから「……村岡様、あの」と聞こえてきて振り向けばウェイターが後ろで心配そうに問いかけてきた。 「すまない、会計をするよ」 会計をしてすぐに外に出ると、スマホを出して聖菜ちゃんに電話をかける。だが《おかけになった電話は電波の届かない場所――》というアナウンスが流れるだけだった。 「やはり出ないか……なら、直接行くか」 さっきは一方的だったが社員寮まで行ってしっかりと話し合いたい。 車に乗り込んでエンジンを掛けたとき、ジャケットの裏ポケットに入れていたスマホが震えた。もしかして聖菜ちゃんが掛け直してくれたのかもしれないと思ってスマホを取り出すと、それは聖菜ちゃんではなく秘書だった。 『桜志、今どこにいる? 飛行機の時間、覚えてるのか?』 『あ……そうだったな。出張、か』 『そうだけど、忘れていたわけじゃないだろ? どうしたんだ』 『彼女と……いや、なんでもない。すぐに向かう』 秘書には求婚することは話していないし、知らない。それに明日からまたシンガポールに出張だから飛行機に乗らなくては…… 『しっかりしてくださいよ、もうすぐ村岡貿易の次期社長だって公表されるんですから』 『そうだよな、ありがとう。じゃあ急いで向かうよ』 電話を切ると俺は車を出発させて空港へと向かった。帰ってきたら、すぐに聖菜ちゃんに直接会いに行こうと思い俺は飛び立った。 それから二週間の出張が終わり、日本に帰国した俺はその足で彼女がいる社員寮に向かった。 「……え? いない?」 「はい。確か会社も辞めたはずですが、ご存知ないのですか?」 寮母に聖菜ちゃんと面会したいと伝えたら帰ってきたのはそんな答えだった。 会社を辞めたって、どういうことだ?そんなはず
就活はうまくいったが住処は中々見つからないままひと月経とうとしていた。菜美姉は、しばらくうちにいればいいと言ってくれたがそんなに甘えるのは申し訳ない。それにきっと雫さんはよく思わないだろう。 「そろそろ別れを告げなきゃなぁ」 はぁ、とため息を吐いているとスマホの画面が表示され通知が表示された。それは菜美姉からだった。 【知り合いにも聞いて病院と就職先に近い物件探してみたから見てみて〜】 そんなメッセージとともに幾つかの物件のURLが送られてきていた。なので【ありがとうございます!見てみます】と送り、URLをタップするが……大変そうなものばかりだ。 一つ目の物件は、家賃はまぁまぁ安いけど駅から遠い。遠すぎるしバスもない。徒歩三十分って無理でしょ…… 二つ目の物件は激安だけど、大きな道が目の前で車通りが多く少しうるさいらしい……なんか微妙? 三つ目はとても古くて心理的瑕疵と書かれている。ということは、事故物件のような感じなのかな。 「これはどう返事をしたらいいんだ……!?」 とりあえずは内見に行ってみるのがいいのではないかと思い、菜美姉に連絡すると一緒に内見行こうかと言ってもらえたので来週の土曜日に内見に一緒に回ってもらえることになった。だが、どれも印象通りのものでこれだ!というものはなかった。それなのに時間は止まってくれなくてそれを見兼ねたハルくんと雫さんが決まるまでうちにいるといいよと言ってくれてしばらくはお世話になることになった。 少しずつ引越しの準備をしながら、私は課長に辞表届を提出をした。驚いていたけど、この件は内密にと言えば何か勘違いしたのか了承してくれて退職日は今月末になったが今は中旬。有給をほとんど使わなかったので来週から二週間使い仕事の最終日は今週の金曜日になった。それにその日は、ちょうどよく奇跡的に桜志くんも理人くんも瑞希も出張でいないのだ。 周りに辞めることを悟られないように少しずつ荷物を運び出していき、あとはテーブルだけとなった。 私が担っていた業務マニュアルもまとめたし、仕事の引き継ぎは完璧だ。 「……あとは本当に別れるだけだな」 それが一番、大変なことだ。だけどこれは仕方のないことで、自分で決めたこと……あの人は純粋で優しくて誰からみてもいい人で私なんて相応しくないんだから、これでいいんだ
別れる決意をしたはいいが、そのまま伝えて終わりには出来ない。別れるための準備をしなくてはいけない。 まず別れた後、私は村岡貿易を辞めようと思っている。村岡貿易には恩があって大学の学費を支援する制度である企業奨学金制度をやっていたのを利用して大学に通えた。その制度は五年働けば奨学金を返さないでいいという条件があったのでこれまで働いていたが、私は六年目だ。だから今、辞めても大丈夫だ。 「辞めるつもりはなかったんだけど……仕方ない」 就活をして、住む場所も探さないといけないなぁと考える。いっそのこと田舎にでもいいかもしれない……誰も知らない場所で一から始めていくのもいいのではないかと
休日の土曜日、私は実家に帰る支度をしていた。 鏡の前で髪を整えながら、胸の奥に重い石が沈むような感覚がする。 実家には父が一人で住んでいる。母は私が中学生の頃、交通事故で亡くなった。あの日、母の笑顔が永遠に消えた瞬間を、今でも夢に見る。 病院の無機質な匂いに父の泣き叫ぶ声、母の冷え切った指先――あの記憶は、私の心に深い傷を刻み込んでいる。 それ以来、父と二人で暮らしていたが、大学入学を機に家を出てからは別々に生活している。それでも、二週間に一度は帰省する。 父の様子を確認するため、そして――あの役割を果たすため。自分でも吐き気がするほど嫌悪するのに、足は自然と実家に向かう
就業時間の十八時半になり、オフィスから「お疲れ様でした〜」と言う声がたくさん聞こえている中私は就業時間ギリギリに回ってきた社内報の校了前の文字校正作業を赤ペンを走らせながらやっていた。 「先輩、私上がりますけど大丈夫ですか?」 「あっ、うん。岡さん、大丈夫だよ。お疲れ様」 「じゃあ、お先に上がりますね。お疲れ様でした」 岡さんが帰って行くと今度は「聖菜」と呼ぶ桜志くんの声が聞こえてきた。 「……っ、お、桜志くん!」 「お疲れ、頑張ってるね」 「あ、うん。後少しで終わるから先に行ってて、待たせちゃ悪いし」 「先に行く訳ないだろう? 終わるまで待つよ」 桜志くんはそう言う
「おはようございます」 朝八時に会社に入った私は出勤の打刻をして、総務部管理課と書かれているオフィスに入り挨拶をしてデスクに座る。 「おはようございます、木ノ下先輩」 「おはよう、|岡《おか》さん」 私、|木ノ下《きのした》|聖菜《せな》は貿易会社としては大手である村岡貿易株式会社にて働いている。今はもう六年目だ。 村岡貿易株式会社は創業百周年を迎えた歴史のある会社で、貿易会社としては有名だ。外航・内航海運事業から始め、今では外航・内航海運事業の他にも物流事業や旅客船事業、地域活性化推進事業がある。 そして部署は本社にあるのは船舶管理部門、船舶営業部門、管理部門で、海上